パーティー券問題で大賑わいの年末。
政治家は金集めに奔走し、一部を懐に入れていた。
脱税の観点からも指摘されてるけど、私は選挙に金が必要と言う現状自体が公平でないと感じる。
政治家がどうしてお金を必要なのかを解説した記事があった。
記事を書いた元議員いわく、「まじめに議員活動していれば費用がかかる」とのこと。
①秘書を雇うのに費用がかかる
②こまめに選挙区への顔出しをしなければならず、一人ではできないのでたくさんの秘書が必要
③事務所も複数必要となり、賃料がかかる
④選挙時には人員やポスターなどの費用がかかる
費用の大半は人件費らしい。人を雇って、以下のようなことを実現しているのだとか。
A.地元の要望の聞き回り
B,陳情回り
C.後援会メンバーへの慶弔費用や祝電・弔電
D.活動報告チラシ・ポスター
だから、パーティーで金を集めるんだとさ。
私には要望回りや慶弔関係など当然こない。せいぜい、ポストにチラシが入ってるとか、駅前でごくごくたまーに演説してるの見かけるくらいか。きっと大半の国民が私と同じだろう。
要は、お金を出してくれる人に報いるのが政治家の務めであり、裏を返せば金を持たないものは政治に参加できない。企業だって商工会だって、自分たちの言い分を聞かせられるからパー券購入するんだろうよ。
よく資本主義と民主主義を取り違えている人を見かけるが、現状を鑑みれば、取り違えるのも納得できる。選挙はまさに資本主義を体現している。海外先進民主主義国家も、政治は結局は金なんだろうか。
「選挙」という一見公平なものを纏った民主主義というものが、実は力が強いものが世の中を支配するシステムであることに、改めて気づかされる。政治活動に金がかからないようにしなければ、現状は変わらない。個人的収入のために政治家になる、いわゆる「政治屋」もなくならない。